Thursday, April 08, 2010

女と声

「声は半分が天性、半分は人格がつくるもの。言葉は生き方そのもの、言葉の抑揚は相手への気持ち...」
引き続き、斎藤さんの本からの引用です。

先日、男友達から電話がかかってきてので「もしも〜し」と出た瞬間、「ぎゃははははは〜っ」と激しい笑い声。「ねんでやねん」と思って聞いてみると、「Miyuさん、声高過ぎ〜っ!!」だって。ううむ...。 幼少時代から「声は高い」、いやそれ以上に「声大きい(通る、という言い方をした人もいた)」と言われがちだった私。「二日酔いの頭にキンキンする」と上司に言われたこともあったな〜。あ、そうそう「いつも高笑いしてるよね〜」とかも言われてた。爆爆爆

てことでですよ。私のこの声は「天性からなのか、人格からなのか」。

家族を思うと、母も姉も声が高い。いや、たぶん私よりも高い。てことは、天性ってのは多分にあるに違いない。でもって、人格はといえば。声の低い私って、どうなんだろう? いやでも、仕事している時ってあんまり「高い」って言われた事ないな〜。いや、それはある程度、意識しているからかぁ...(高いとちょっとジュニアっぽく聞こえちゃうもんね)。これまたそういえば、かつて付き合っていた某外国人に「どうして日本人の女の子は声が高いの?」と聞かれた事もあったな。そう思うと、聴覚のアウトプット手段となる声ってやっぱり人のイメージをつくりあげるものだから大切なんだろう、と再認識。

一方、昨今のテーマでもある「言葉は生き方」ということ。人は知り得たもの、経験したものでしか表現できないから、相手と距離を近づけるのも遠ざけるのもそれを共有できる「言葉」をどれだけもちえているかだと思う。だから、たくさんの「言葉」を交わし合う関係の方が深まるっていうのもわかるよね。

そしてそれをさらに意味付ける「抑揚」。確かに意識してこなかったけれど、これはとても大切な要素。もともと持ち得ているものではなく、改善することができるこれはスキルでもあるし、斎藤さん曰くの心のもちようだと思う。これからもっともっと意識てみよう。

てことで、印象ある「声」の代表としてあげられていたユーミン。
朝から懐かしく思いながら聞いていたら、癖になってます(笑。

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