「調香師の手帖」を読んだ後(http://soeur-miyu.blogspot.com/2010/03/blog-post_3695.html)、ちょっと面白くなって「香り」つながりで選んでみた一冊。もともと香水が好きだし、視覚に次いで嗅覚で生きてるタイプなのだけど(某学問チェックで言うとね)、こうして「文化人類論」として読んだ事はなかったので、ちょ〜面白かったです。
著者であるエイヴリー・ギルバート氏は、「カリフォルニア大学卒業後、ペンシルベニア大学で心理学の博士号を取得。心理学者であると同時に、嗅覚専門の認知科学者、企業家の肩書きも持つ」方なのだそうです。数日前に、ちょうど「匂い」に関する学問はどこに分類されるんだろう、なんて話をしていたこともあって「なるほど、やっぱり心理学の領域か〜」と思いました。ま、それはまた別の話なのだけど(苦笑。
読みながら改めて思う事は、やっぱり「五感」の中でも「嗅覚」に関する研究は遅れているということ。実際に著者もなんどか発言していますが、自らの日々の生活を振り返っても、「香りや匂い」に関して特に日本人はあまり注力せずに生きてきたような気がします(昨今、匂いフェチの人が身近にいることもあって、私自身はかなり意識するようになったけど...。w)。あまり体臭がきつい民族でなかったってのもあるのかもしれないよね〜(最近は、そうでもない。。。19時以降の銀座線は大変なことになっているし...爆)。
というわけで。この本の中にも出てくる文学(ブルースの話)やオペラの話など、確かに「香り」について言及されているけれど、なにげにこれまではすんなり流していたな〜と実感。あえてそこについて考えるってことしてこなかった。視覚とか聴覚なら「それってどんな音だろう?」とか「どんな風に見えていたんだろう?」とか思うのに、匂い流してしまう。おかしなもんです。
香りつながりでいくと、香水に次いでワインがよく例としてあげられます。同じく、この本にも書かれていたことなのだけど、なるほど、私たちは「香り」を表現する為の言葉をあまり持ってないし、多くを知らないな〜と改めて思いました。そうしてふ思ったことと言えば、ソムリエさんやワインアドバイザーの資格をもつ方とお食事をご一緒すると、その一つ一つのお料理やワインについて「香り=嗅覚」の言葉で表現しているってこと。お花や緑の香りとか土の匂いとか、なんとなくそんなコメントを多く語っているな〜、なんて。一方、ワインは好きだけど嗅覚な人生を送ってない人たちは「味わい=味覚」の言葉で語る気がします。ソースにコクがあるとか、力強い味がする、とか。きっと、入ってくる情報のプライオリティというか、そこに意識をもたせていないってことなんでしょうね。そうすると当然、ボキャブラリーもない。冷静に考えてみると、とってもわかりやすいはずなのに、こうして意識するまでその違いを感じてなかった。これもまた「嗅覚」に意識がむいてないって証拠なんでしょうね。
匂いや香りがない世界に生きていたら。。。こんなにも「嗅覚」に意識してなかったはずなのに、考えてみると、楽しみの機会喪失をしてしまう人生なのかもしれないな〜、なんて思う。
まずは桜の香り(梅の方がするんだよね〜)を楽しむ為に、街を歩いてみよう。
人生を立体に。